綴れ織りの歴史と技法

世界中で古くから製織されてきた織物“綴れ織り”。手間を極める技法で編み出す美しさが最高級の工芸品と称される理由です。

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古代から受け継がれる綴れ織り

「綴錦織(つづれにしきおり)」は、「綴織(つづれおり)」ともいい、その起源は古く西アジアにおいて始まったといわれ、エジプト王の墓やアルタイからも発見されている。その後東西に広まり、コプト(エジプト)やタピスリー、ゴブラン織(フランス)など、世界各地において古くから製織されている最も原始的な織物で平組織である。わが国には奈良時代に中国から伝えられ、絹糸が用いられた。奈良県当麻寺に伝わる国宝「綴織当麻曼荼羅図」もその頃のもの。その後絶えてしまうが、江戸時代末期に研究再興され、明治時代には美術作品も見られるほど盛行し、海外に輸出されるまでになった。

綴れ織りの技法

「綴錦織(つづれにしきおり)の織り方は、無地の部分も模様も平組織となっているが、一般の紋織物との違いは、無地の部分を除いて織り幅いっぱいに緯(よこ)糸を通さない。無地部分と文様部分との緯(よこ)糸が別々に織り進められるので、隣接する二色の緯(よこ)糸の境目が左右に折り返されるために、緯(よこ)糸に沿って隙間が生じる。これを「ハツリの孔(あな)」という。

一般の織物で使われるようには筬(おさ)を用いず、染色した絹糸を経(たて)糸にして、経(たて)糸の下に図柄の向きを逆にした下絵を置き、それを見ながら経(たて)糸に対して斜め45度に緯(よこ)糸を一色ずつ杼(ひ)で挿入し、鋸歯状に削った中指の爪で掻き寄せ、さらに筋立て櫛を用いて模様を織り出す。

イメージと計算と技術と

織りながら巻き込んでいくため、作品の見える部分は、作業しているところがスリット状に見えるだけである。そのため大きな作品では下絵を2枚描き、1枚を経(たて)糸の下に、もう1枚を全体像の確認用に壁に掲げておく。(鑑賞する面でなく裏側を見て織っていくため、経(たて)糸の下に挟んだ下絵から完成イメージを計算して織る熟練の技が必要。)

途方もない時間と手間を費やす仕事

細かな模様ほど煩雑な爪先の手数が必要となり、30cm幅のもので1日にわずか2~3cmしか織り進めない、気が遠くなるような手間隙のかかる作業である。また、絵の隣り合った濃淡を織る時には、異なった二色の糸の撚りをほどき、1本ずつに撚り分けそれをさらに異なった糸同士を撚り、中間の糸を作り「ぼかし」ながら織って行く。

完成した綴れ織り

最高級の価値ある織物

綴錦織は、現在の織物の中でもフランスのゴブラン織と同じく最高級とされ、袱紗(ふくさ)や緞帳(どんちょう)、壁掛け、帯などの美術工芸品として制作されている。

作品/聖観音菩薩立像